• 公開:2023/03/17
  • 更新:2023/12/21

日本人の精神性を醸成
してきた「食」という文化

日本人は苦境に陥っても礼節さを保つ理由は「食」にあり

 天変地異や政情不安が起きた時、諸外国では民衆が暴徒化し、略奪、破壊、暴力、レイプなどの悪事の限りを尽くす状態に陥ることが珍しくありません。その点、日本人は比較的秩序を保ち、礼節をわきまえた行動を取り、その規範性については世界中から賞賛を受けています。なぜ日本人は苦難に直面しても自分を見失わないのでしょうか。その理由は「日本の『食』にもある」という仮説を立て、掘り下げて考えました。

寿司のルーツは山伏の保存食

 「日本食の中で真っ先に頭に思い浮かぶものは?」と問われたら、「寿司」と答える人が圧倒的に多いでしょう。寿司の成り立ちを考えると実に興味深く、単なる「日本食の代表」と表層的になぞるだけにとどまらない深淵が見えてきます。

 奈良・吉野に「つるべすし・弥助」というお寿司屋さんがあります。創業800年の国内最古と言われる店です。その49代目当主から寿司のルーツについて話を聞く機会がありました。

 寿司は800年以上前に生まれたそうです。川魚の鮎を塩でしめてご飯を詰め、発酵させたものが原型で、吉野の修験道の山伏の保存食として重宝されていました。そうした折、それを京都・仙洞御所の上皇に献上する話が持ち上がりました。京都まで運ぶのに2日間、上皇の口に入るまで3日間の計5日間かかる計算になり、その間、日持ちさせる工夫が求められました。鮎を極限までつるべでしめ、円筒状の弁当箱に詰め込んで空気を抜き出す技術を編み出し、上皇に届けました。いわゆる「つるべずし」の誕生です。

塩から酢へ、そして江戸前へ

 つるべずしは日持ちが延びる利点がある半面、仕込みに5日間もかかる欠点もありました。調理工程をもっと簡素化できないかと改良が進み、400年後、塩の代わりに酢を使って発酵の酸っぱさを出す工法が考案されました。「早押しずし」と呼ばれ、調理期間は5日間から半日まで飛躍的に短くなりました。

 それから200年以上たって江戸時代に入り、「早押しずし」は江戸に伝わりました。江戸っこはせっかちですから、「半日なんて待っちゃいらんねぇ」とばかりにさらなる調理時間の短縮を求めました。そこでシャリを押し固める代わりに手でちゃちゃっと握り、醤油を付けて食べる「江戸前」が生まれたのです。主に屋台で提供され、江戸っ子たちはささっと平らげました。そうです、今で言うファストフードの始まりです。江戸前は調理時間の短縮は実現できた一方、保存食としての機能はなくなりました。ですからネタは東京湾で捕れた近海モノになったそうです。

「eat」になくて「食」にあるもの

 「食べる」を英訳すると「eat」です。語源的には「物を口にする」という食べる行為を物理的に示したにすぎません。日本語の「食べる」は象形で「人」を「良くする」と表し、外形的な行為にとどまらず、意味を含有しています。「いただきます」は「生物の命を頂く」という謝意が込められた、いわゆる「祝詞(のりと)」であり、「ごちそうさま」も「多くの人たちが駆けずり回って(馳走)して食事を提供してくれた」と、これも感謝の気持ちを明示しています。このように日本人は言葉を通じて「食」に関する全ての人や生物に対し、敬意を払うと同時に謙虚さ持っているのです。その点、他国の言葉には「いただきます」や「ごちそうさま」に該当する言葉はありません。

 日本人が苦境に陥っても規範性を保ち続けられるのは、日本人の「食」に対する向き合い方にも根源的な理由があると思えてならないのです。

この記事を書いた人

オキタ・リュウイチ

Deep Branding Japan編集長

オキタ・リュウイチ

Deep Branding Japan編集長

オキタ・リュウイチ

早稲田大学人間科学科中退。元真言宗・僧侶。日本の伝統文化・伝統宗教への深い知見を基に、行動経済学に類した独自の経済心理学を研究しマーケティング・ブランディングに応用。その手法を社会課題解決分野に用いて、若者の善行を促す手帳として大流行した「ヘブンズパスポート(15万部のヒット)」や、自殺を踏みとどまらせるWEBメディア「生きテク」などを開発。これらの活動が注目・評価され、2008年に日本青年会議所が主催する青年版国民栄誉賞“人間力大賞”で厚生労働大臣奨励賞を受賞。近年では、廃業寸前の老舗米問屋の売上をその伝統と歴史に注目して6年間で70倍に業績回復させるなど、事業再生・ブランド再生分野においても活躍。プロデュース実績は各種メディアで特集され、著書『生きテク』(PHP 研究所)などに紹介されている。