• 公開:2022/08/08
  • 更新:2023/12/21

「鬱(うつ)」をチャンスにする方法
〜超長期的視点で人生を変えた偉人

「鬱」はかわいそう?

 OECDの調査によると、2020年、日本で「鬱病」や「鬱状態」になっている人は、全人口の17.3%に達しました。新型コロナウイルス感染症の影響もあり、コロナ前だった2013年の前回調査の2.2倍に増えたそうです。

 「鬱」と聞くと、負の印象を持たれる方が多いでしょう。「鬱病」「憂鬱」。確かに「鬱」を使う用例は好ましくない状況を表しています。語源的にも「ふさがる」「心が晴れ晴れしない」というマイナスの意味が込められています。「鬱」の人に対し、「かわいそう」「治してあげないと」と気の毒に思う心境になっても不思議はありません。海外では「鬱病患者には抗鬱剤を投与しよう」と「鬱」を封じ込める治療法が積極的に取られています。

「鬱」にはプラスの意味も

 意外に思われるかもしれませんが、「鬱」には「物事が盛んなさま」「草木が生い茂るさま」と勢いを感じさせるプラスの意味もあります。「鬱」の漢字を読み解くと、象形文字としての成り立ちが見えてきます。古代人が酒を造って酒壺に入れていたら、周りの草木が「鬱蒼」と生い茂って酒壺を覆い、ふたが開かなくなったというのです。絶望していたある時、草木は枯れ、ふたが開くようになりました。そこで開栓すると、壺の中の酒がいい具合に熟成され、「神を呼ぶ酒」「神降ろしの酒」として、神様にお供えする神事用の酒にグレードアップしていたのです。ここまでが、鬱という漢字の成り立ちです。「鬱」には苦境を好転させるストーリーが秘められていたのでした。

苦境で得た新たな視座

 「鬱」の言葉の意味を体現したのが、他でもない私自身です。僕は半身不随になり、いろいろなことが自力でできなくなりました。そのこと自体はマイナスなことなのですが、「自力でやることを放棄し、周りの人に協力してもらおう」と発想を変えたら、健常者だったころよりも仕事が10倍できるようになり、幸福度が上がりました。苦境に陥ることによって、かえって視座が上がり、物事を俯瞰(ふかん)できる感覚を得たのです。それまでは、目の前のことにしか視点が向かず、物事の解決能力も限界がありましたが、障害を抱え、長期的で物事を見渡す視点を手にし、解決能力が高まったのです。「鬱」は「それまでの自分を手放し、新しい自分を手に入れよ」という教えなのかもしれません。

ブッダも「鬱」だった

 ブッダ、本名ゴータマ・シッダールタ。言わずと知れた仏教の開祖です。もともと古代北インドの小国、シャカ族の王子でした。当時、インドはマガダ国とコーサラ国の両大国が覇権争いをしていて、中立だったシャカ族は両大国のどちらが勝つにせよ、併合され、隷属される運命でした。シッダールタは一族の未来を託されましたが、滅亡が目に見えて絶望感に襲われ、「鬱」になりました。その後も長く悩み苦しみましたが、ふと、ある思いに至ったのです。「シャカ族は間違いなく滅ぶ。だが、200年、500年の長い目で見たら、マガダ国もコーサラ国も消えてなくなる。超長期的な視点に立てば、自国の滅亡など大したことではない」と。そう考えたら、気持ちが楽になり、悟りの境地に至りました。シッダールタは「超長期的視点」を手に入れ、新しい「コンセプト」を生み、ブッダへの一歩を歩み出したのです。それから2500年、彼の見通し通り、マガダ国もコーサラ国も歴史の彼方に消えました。そして、彼のコンセプト、つまり仏教だけが現代に残ったのです。日本でも、国内で最初に「鬱」になったのは「天照大神」と言われています。日本の最高神ですね。彼女も「鬱」を脱却し、強くなったと伝えられています。

「鬱」の大和言葉は「宇宙の入口」

 鬱病で9年間苦しんでいる男性に「鬱」漢字の成り立ちを聞かせたことあります。彼は救われたようで、「その話を9年前に聞きたかった」と言いました。他の鬱病の患者さんにも話したら、誰もが「元気になった」と口をそろえました。皆さん、それまで自分を責めていたのでしょう。それが「鬱」の負の側面から解放され、笑顔を取り戻したのです。「鬱」や「障害」にプラス面があることが分かったとしても、それで「鬱」や「障害」が治る訳ではありません。ですが、「鬱や障害になって良かった」という視点を手に入れれば、人は別のコンセプトを探し始めるはずです。

 「鬱」を大和言葉で書くと、「宇津」と表記されます。「宇宙の入口」を表すそうです。そう聞いたら、ロマンを感じませんか?

この記事を書いた人

オキタ・リュウイチ

DEEP Branding japan 編集長

オキタ・リュウイチ

DEEP Branding japan 編集長

オキタ・リュウイチ

早稲田大学人間科学科中退。元真言宗・僧侶。日本の伝統文化・伝統宗教への深い知見を基に、行動経済学に類した独自の経済心理学を研究しマーケティング・ブランディングに応用。その手法を社会課題解決分野に用いて、若者の善行を促す手帳として大流行した「ヘブンズパスポート(15万部のヒット)」や、自殺を踏みとどまらせるWEBメディア「生きテク」などを開発。これらの活動が注目・評価され、2008年に日本青年会議所が主催する青年版国民栄誉賞“人間力大賞”で厚生労働大臣奨励賞を受賞。近年では、廃業寸前の老舗米問屋の売上をその伝統と歴史に注目して6年間で70倍に業績回復させるなど、事業再生・ブランド再生分野においても活躍。プロデュース実績は各種メディアで特集され、著書『生きテク』(PHP 研究所)などに紹介されている。