• 公開:2022/11/12
  • 更新:2023/12/21

50人が観覧

 オキタリュウイチ(46)が能に初めて挑戦し、2022年10月14日、東京・東中野の梅若能楽学院の能楽堂で、初のお披露目会「はじめての能楽で何が起こる⁉ 完全公開収録」で、世阿弥の代表作「熊野(ゆや)」の舞いを披露した。

 お披露目会は能の名門流派「梅若会」の主催で、約50人が観覧(有料)に訪れた。オキタが冒頭のあいさつで、「3年半前に脳出血で半身不随になったが、稽古を重ねて少しずつ体が動くようになり、リハビリ効果が表れた。20代の時に父から『お前のことはなかったことにする』と言われて以来、深い孤独感にさいなまれていたが、今日は多くの方に観に来ていただき、孤独ではないことを実感した」と述べた。能の指導に当たった重要無形文化財保持者(総合認定)の梅若長左衛門氏も舞台に立ち、「オキタさんの障害の程度なら支障はないと判断し、能を勧めた。初めは『右手を挙げて』と言ったら左手が挙がるような状態だったが、数カ月間稽古を積み重ね、自分の考え通りに動けるようになってきた」と進歩をたたえた。

死期迫る母への思いを抑え、舞を披露する娘を熱演

 演目の「熊野」は平家の公達(きんだち)の愛人の熊野が、離れて暮らす母が病に伏せた知らせを受け、「看病に行きたいのでお暇を頂きたい」と主人に申し出たが、「花見の宴がある」と聞き入れてもらえず、母への思いを胸に抱き、宴で涙ながらに舞うストーリーだ。踊っている最中に桜の花が散り、母の死が脳裏をよぎり、熊野の悲しみは深まる。見かねた主人が里帰りの許しを出し、熊野ははやる気持ちを抑えながら母の元に急ぐ。本来の上演時間は1時間40分間だが、後遺症を抱えるオキタの負担を考え、15分間にコンパクトにまとめた。オキタは主人公の熊野を演じる。

 オキタは本番で、あでやかな唐織(からおり)を身にまとい、面(おもて)を付けた本格的な装束姿で舞台に登場。囃子に合わせて歩を進め、扇を広げて振りかざし、舞を披露した。左半身の自由が利かず、足取りもたどたどしく、両手で扇を開くのも難儀する場面も見受けられたが、死の淵をさまよう母に寄り添えない主人公のもどかしい心情を体全体で表現した。

「山を見ていますか?」

 上演後、オキタと長左衛門氏が舞台で対談。オキタは「舞いの中で熊野が山を眺めるシーンがあるのだが、実際には舞台に山はない。稽古では山を見ている振りで済ましたら、長左衛門先生に『山を見ていますか』と見透かされ、『あなたが心の中に山を見ずに、誰が山の存在を信じましょうか』と諭された。この教えはいろいろなことに通じる。能を経験し、感受性が深まったと思う。僕はこれまで頭で仕事をしてきたが、神様に『もっと心で感じられるように出直しなさい』と半身不随の試練を与えられた気がする」と語った。長左衛門氏は「能は形だけで表現するのではなく、心の中にあるものをどう伝えるかということ。なぜ山を見ているのかというと、山の向こうに母のいる古里があるから。桜が散り、母の死を投影している。こういう心の動きがないとお客さんには伝わらない。能は型が最も大事なのだが、演者が型の意味を理解していないと表層的なものに終わる」と答えた。

きっかけは長左衛門氏との対談

 オキタが能を始めたきっかけは8年前、梅若家の本家の幸子氏を通じて長左衛門氏と知り合い、ことし1月にオキタの申し入れで対談が実現した。装束に興味を持ったオキタに長左衛門氏が「着てみますか」と勧め、唐織に袖を通したら見事にはまった。「いっそのこと能を始めてみませんか」と話が進み、未知の世界に足を踏み入れた。

 お披露目会の模様は梅若会が動画で収録し、会のHPで公開する。