• 公開:2023/04/05
  • 更新:2023/11/25

「京都がうちにやってくる」
‐企業ブランディングの極意 連載/
老舗米店「八代目儀兵衛」社長
橋本儀兵衛氏との対談(上)

京都の老舗米店「八代目儀兵衛」は米のギフト販売で急成長した。自社の米を提供する行列の絶えない料亭の経営も手掛けている。2023年3月にはコンビニ大手のセブンイレブンと共同開発して発売し、活動の幅を広げた。オキタ・リュウイチ氏はギフト化と料亭経営の企画に関り、企業ブランディングの成功に導いた。このたび、八代目儀兵衛社長の橋本儀兵衛氏とオキタ氏の対談が実現。そのもようを3回に分けてお届けする。

コンビニおにぎりの概念を超える

 ー八代目儀兵衛監修のセブンイレブンのおにぎりが好評です。

 儀兵衛氏 商品はお米の素材の旨味を生かすシンプルな「昆布だしで炊いただしむすび」と、「梅ひじき」「ちりめん山椒」「牛そぼろ」の銀しゃりおむすびシリーズの計4種です。だしむすびは抽出法の異なる3種の昆布だしでご飯を炊き、お米の旨味や甘味を引き立てました。梅ひじきはだしで似た「ひじき煮」と食感の良い「梅チップ」を組み合わせて具にし、爽やかなシソ風味で飽きのこない味に仕立てています。ちりめん山椒は粒と刻みの実山椒を具に加え、ピリッとした辛味と味わい深さを演出しています。牛そぼろは甘辛い牛そぼろ煮にショウガを入れ、さっぱりして食べ進みの良い味が特長です。いずれも厳選されたお米を独自にブレンドし、「コンビニおにぎりの概念を超えた味」と好評を頂いています。

従来の業態の手詰まり感

 ー八代目儀兵衛は1787年創業で230年を超す歴史を誇ります。その老舗が米のギフト販売、料亭経営と新たな業態に踏み出したのにはどういういきさつがあったのでしょうか。

 儀兵衛氏 以前は米を問屋から買い付け、飲食店や個人宅に運ぶ普通の町のお米屋さんでした。米離れの進展で売り上げは伸び悩み、現状を打破しようと、米粉を使ったパンや石けんなどの商品開発に取り組みましたが、あまりうまくいきませんでした。改めて自分の仕事を顧みて、「結局、地縁のおかげで商売が成立しているだけだ」という現実を目の当たりにしました。お客さんにしてみれば「店が近いから」「店主を知っているから」購買しているだけで「うちの米が良いから買ってもらっている訳ではない」ことを思い知りました。「発想の百八十度の転換が必要で、自分たちでは思いもつかない新たな知恵を取り入れたい」と大学の先輩を通じ、オキタさんの紹介を受けました。私が八代目を襲名した2006年のことです。

「米のギフト販売」という新機軸

 オキタ氏 話をうかがい、食の分野でどういうビジネスに将来性があるのかどうかを調べました。その結果、「健康食品」部門とともに「ギフト」部門が成長していることが分かり、「米のギフト販売」を考案しました。米の通販は従来からありましたが、あくまで自宅の食卓で食べる自家消費用で、贈答用の販売は当時は誰も手を出していませんでした。競争相手のいない手付かずの分野に先駆者として乗り出す「ブルーオーシャン」が目の前に広がっていたのです。

高級路線に振り切れ

 オキタ氏 ブランド戦略のポイントは「高級志向」です。「薄利多売」は資本力のある所にかないません。衣料品の安売りで知られるユニクロも8店目までは赤字覚悟で、9店目からようやく黒字転換する経営計画を立てたそうです。老舗とはいえ、一軒のお米屋さんにその体力はありません。高級路線に振り切って、「5㌔㌘の米を15000円で売ろう」と提案しました。

 儀兵衛氏 いくら高級米といっても相場的には5㌔㌘4000円が精いっぱいです。それなのに「その数倍で売れ」と。正直「この人は何を考えているんだ」と思いました。でも「その斬新な発想こそがわれわれの求めていたものだったのではないか」と考え直しました。打ち合わせでオキタさんは突拍子もないことを矢継ぎ早に繰り出し、その言葉を必死でメモに取ったことを覚えています。打ち合わせは幾度となく重ねましたが、オキタさんのアイデアを理解するまでには正直、時間が掛かりました。

「京都がうちにやって来る」

 オキタ氏 「京都がうちにやって来る」をキャッチフレーズにしました。儀兵衛さんは米の品質にかけては折り紙付きでしたので、「どう見せるか」だけに知恵を絞りました。

 儀兵衛氏 高級銘柄米の1つに「夢ごごち」という品種があります。モチモチしているのに餅米特有のにおいがなく、一流料理人が好んで使います。濃厚な甘味が口の中に広がったかと思うと、すっとのど元に吸い込まれていきます。これをベースとするブレンド米「祇園料亭米 翁霞」を主力商品として開発し、5㌔㌘5000円でギフト販売しました。

 オキタ氏 翁霞は「ミシュラン3ツ星の料理人をうならせた」というコンセプトを立てました。商品に求めたイメージは「夢に出てくらいの圧倒的な美しさ」です。江戸時代に将軍に献上する御用米は籠に乗せて行列をつくって納めたそうです。そのイメージを現代に持ち込みたかったのです。実は僕は米は食べませんし、自宅に炊飯器もありません。米を食さないからこそ生まれたアイデアかもしれません。

大ヒット商品に成長

 儀兵衛氏 全国の銘柄米をアラカルトで楽しめる「十二単」シリーズも開発しました。各銘柄2合ずつに分け、12色のカラフルな風呂敷で一つ一つ丁寧に包んで箱詰めし、ラインナップに加えました。主力の「満開」は翁霞に並ぶ1箱5000円です。高価格になりましたが、米のギフト販売の目新しさも加わって大ヒットしました。(次回に続く)

【橋本儀兵衛氏プロフィル】

 はしもと・ぎへえ 1972年京都府生まれ。同志社大卒。95年大手通販会社「ニッセン」入社。98年お米の専門店「はしもと」入社。2006年八代目儀兵衛設立、社長就任。

 自己PR「京都で代々続く老舗米屋の八代目。先代より受け継がれたお米を選び抜く才覚を基に産地や銘柄だけでなく、毎年自ら全国のお米を厳選吟味。お米のギフト商品の開発や京都祇園・東京銀座に“ごはんを食べる体験型アンテナショップ”として料亭を展開し、幅広い活動でお米業界を盛り上げるお米プロデューサー」

この記事を書いた人

オキタ・リュウイチ

Deep Branding Japan編集長

オキタ・リュウイチ

Deep Branding Japan編集長

オキタ・リュウイチ

早稲田大学人間科学科中退。元真言宗・僧侶。日本の伝統文化・伝統宗教への深い知見を基に、行動経済学に類した独自の経済心理学を研究しマーケティング・ブランディングに応用。その手法を社会課題解決分野に用いて、若者の善行を促す手帳として大流行した「ヘブンズパスポート(15万部のヒット)」や、自殺を踏みとどまらせるWEBメディア「生きテク」などを開発。これらの活動が注目・評価され、2008年に日本青年会議所が主催する青年版国民栄誉賞“人間力大賞”で厚生労働大臣奨励賞を受賞。近年では、廃業寸前の老舗米問屋の売上をその伝統と歴史に注目して6年間で70倍に業績回復させるなど、事業再生・ブランド再生分野においても活躍。プロデュース実績は各種メディアで特集され、著書『生きテク』(PHP 研究所)などに紹介されている。