• 公開:2023/07/07
  • 更新:2023/12/21

「社会貢献」と「企業収益」は両立できる
オキタリュウイチ 大阪講演1

オキタ・リュウイチ氏は2023年2月25日、大阪市の山本能楽堂で、「本質レボリューション」と題する講演会を開いた。会のサブタイトルは「お金と本質&マーケティング~TSUNAGUと幸せな経営者を増やしていく」。聴衆の企業経営者らを前に、これまで手掛けた企業ブランディングの仕事を通じ、「社会貢献活動」と「企業収益」を両立させる心得を披露した。

「世を良くすること」と「収益」を両立させる

 僕は小さいころから、お坊さんに興味がありました。お坊さんはもともと、橋が壊れたら架け直したり、らい病患者がいたら看病したりと、地域のために働いていました。駆け込み寺の役目や、文字を教える先生役も引き受け、社会のために必要なことを行っていました。でも、それだけでは食っていけないので、葬儀とか法要とか短期間で高額のお金を得る事業もしていました。僕はお坊さんの仕事を通じ、一見、相反するように思える「世の中を良くすること」と「収益を上げること」は両立できるのではないかと考えていました。

 1999年に「キレる17歳」という言葉が流行りました。10代の非行がまん延した社会状況を受けてのことです。僕は若者の非行を食い止めるために、楽しく良い事をできるように促す「ヘブンズパスポート」という手帳を作りました。いい事をすると手帳にシールを1枚貼り、「100枚たまると願いがかなう」仕組みです。

 手帳は1冊1000円で発売しました。これは「説明商品」ですので、「なぜいい事をするのか」とか「どうして100枚なのか」とかいちいち説明し、説明が終わるまでに2時間かかっていました。2冊売るなら計4時間です。全て売り切るには400万年かかる計算になり、途方に暮れていました。そんな折、街のハンバーガーショップで、女子高生のグループと席が隣になりました。彼女らはおしゃべりに花を咲かせています。聞くともなしに聞いていると、彼女らの会話は5秒程度の短いフレーズで成り立っていたのです。そこでひざを打ちました。「2時間も説明するから悪いのだ。説明は5秒で完結させよう」と。それから、長々とした説明は一切やめ、「100個いい事をすると願い事がかなうよ」とだけ言うようにしました。俗に言う「エレベーター・ピッチ」の原則です。ある事をPRしたければ、相手がエレベーターに乗ってきて降りるまでの短い時間でプレゼンするビジネスの鉄則です。説明は短時間に収め、「それ面白そうだね」と相手の関心を引き出せば、こっちのものです。これをヘブンズパスポートで実践したら、1年間で15万人の若者が参加し、社会現象になりました。手帳もベストセラーになり、「世の中を良くすること」と「収益を上げること」が両立したのです。

企業の立て直しはビジョンの再生から

 僕は老舗を再生させる企業ブランディングの仕事をしています。経営が伸び悩んでいる老舗の経営者に共通しているのは将来ビジョンがなかったり、古くて硬直化していたりすることです。ですから、経営の立て直しはビジョンの再生から始まります。僕は占い師の知人が何人がいるのですが、皆さん「ことしと来年とで、世の中が激動する」と口をそろえて言います。ある人は「明治維新に匹敵する変動期」と断言しました。「とんでもない時代に直面したなあ」と思う半面、「面白い時代に入った」とワクワクします。新型コロナウイルス感染症も変動の一つで、ワークスタイルを一変させました。

 京都の老舗お米屋さんの再生プロジェクトを手掛けたことがあります。そのお米屋さんは米離れの進展で売り上げが低迷し、廃業寸前まで追い込まれていました。米を仕入れてお得意先に運ぶオーソドックスなビジネススタイルで、米の値段も得意先に指定され、自分で決められませんでした。店主が八代続く老舗なのですが、八代目の店主が先祖の墓の前で、「ごめんなさい。米屋は僕の代で閉じます」と言うぐらい切羽詰まっていました。

 ここで言えたのは、そのお米屋さんもビジョンがなかったのです。「こんな変革の時代なのだから、それを利用して業績をグングン伸ばしてやろう」という前向きな展望に欠けていました。経営者は従業員を乗せた船の船頭です。その船頭が「嵐だけど突っ込むね」とビジョンもない無謀な船に誰が乗りますか? 誰でも「嵐だけど、こういう手で乗り切る」とビジョンのある船頭に付いて行きたくないですか?

「ワクワク」を提供する

 僕は「京都がうちにやってくる!」というキャッチフレーズを考案しました。パンフレットにはあえて、米の写真を載せませんでした。「米」と分かると、消費者は「分かった、分かった」と興味を失いますから、最後まで商品が米だということを悟られない工夫をしました。米の価格相場が5㌔㌘2000~4000円と言われる中、「献上米」と呼ぶ5㌔㌘1万5000円の高級米をブランド化し、売り出しました。消費者にワクワクする新しい世界観を提供したかったのです。

 戦後のようなモノがない時代は、モノがあるだけで飛ぶように売れました。その後、高度成長期を経て、品質が求められました。今では品質がいいのは当たり前で、人々はもう一歩先のコンセプトを欲しています。「うちはおいしい饅頭を作っている」という店は潰れ、「うちは世界中から喜ばれるコンセプトのある饅頭を作っている」という店が売り上げを伸ばすでしょう。

 なぜ高級路線にしたのかと言うと、経済情勢の変化で富裕層が増えていることに目を付けたのです。戦略はまんまと当たり、年商はそれまでの70倍に当たる17億円に上りました。メディア戦略を兼ね、自社の高級米を一人前ずつを土鍋で炊いて、炊き立てを提供する飲食店を祇園の八坂神社の目の前にオープンさせました。行列店として評判になり、一時は3時間半待ちの状態になりました。市場はそれまで見たことのない新しいコンセプトを求めているのです。

消費者を「渇望状態」にする

 岐阜の和傘屋さんの再生を手掛けましたとき、その店の傘の販売価格帯は1本1万5000~3万円が中心でしたが、全く売れず、店主は「コンビニの安売り傘に対抗しよう」と値引きしていました。しかし、売れ行きは好転せずに経営は行き詰まっていました。

 私は逆に高級路線に舵を切り、「価格も逆に高値で売ろう」と提案しました。製品の見た目でびっくりさせる「ビジュアルショック」を狙ったのです花びらの形をした藤色の傘が出来上がり、反響を呼んでSNSで30万件を超す「いいね!」が付きました。注文が殺到し、今では5年待ちの貴重品になっているのです。高級路線に「逆張り」したのは、お米屋さんの時と同様、超高級にして消費者が待っても手に入らない「渇望状態」をつくるためです。このように新しいコンセプトが必要なのです。

この記事を書いた人

オキタ・リュウイチ

Deep Branding Japan編集長

オキタ・リュウイチ

Deep Branding Japan編集長

オキタ・リュウイチ

早稲田大学人間科学科中退。元真言宗・僧侶。日本の伝統文化・伝統宗教への深い知見を基に、行動経済学に類した独自の経済心理学を研究しマーケティング・ブランディングに応用。その手法を社会課題解決分野に用いて、若者の善行を促す手帳として大流行した「ヘブンズパスポート(15万部のヒット)」や、自殺を踏みとどまらせるWEBメディア「生きテク」などを開発。これらの活動が注目・評価され、2008年に日本青年会議所が主催する青年版国民栄誉賞“人間力大賞”で厚生労働大臣奨励賞を受賞。近年では、廃業寸前の老舗米問屋の売上をその伝統と歴史に注目して6年間で70倍に業績回復させるなど、事業再生・ブランド再生分野においても活躍。プロデュース実績は各種メディアで特集され、著書『生きテク』(PHP 研究所)などに紹介されている。