• 公開:2022/03/20
  • 更新:2023/11/27

【前編】「日蓮宗僧侶」互井観章
さんと語る、疫病と日本の歴史
から導く「コロナのこれから」

互井観章さんは、新宿・牛込柳町の日蓮宗経王寺のご住職で、お坊さんの枠に囚われない企画で有名です。
法華経を日本語訳して、お寺の本堂の中で、HIPHOPの曲調で語る「HIPHOP坊主」や、伝統仏教の6宗派のお坊さんたちを集めたイベント「東京ボーズコレクション」など、多岐に渡ります。
今回はDeepBrandingでオキタさんとの対談に応じていただきました。
対談内容を、前編・中編・後編の3部構成に分けて連載します。

コロナ禍でお寺があるべき姿に?

オキタ:本日は宜しくお願いします。
互井:こちらこそ、宜しくお願いします。

オキタ:僕は2019年に脳出血になって倒れたりしましたが、観章さんのほうは最近いかがですか?

互井:最近コロナになっちゃったからね。イベントが全部できなくなっちゃって、出来ない代わりにお寺でワークショップやっています。

オキタ:普段のお寺の様子はどうですか?

互井:本当に人が来ない日が、あるなと。
コロナ前って御朱印ブームだったから、平日でも20人30人ぐらいお寺にきてくれていました。
それが一気に誰も来ないっていう。「あ、これがお寺なんだ」ってね。落ち着いた生活に慣れちゃってさ、元に戻るのは嫌、みたいな。

オキタ:経王寺は大黒様が60日に1回御開帳すると、わぁーっと人が来るみたいな結構にぎわっていたお寺なんですね

互井:静かなお寺っていいもんだよ。
でもね、なんか今年に入ってからお参りに来る方、緊急事態宣言出ててもね、お参りに来る方少しずつ増えてきて。みんななんでこんな時にお参りに来るんだろうなって。お寺の本堂で今図書館もやっていて、本読んでる人もいるのよ。
お寺の空間って、教えというより、持っている環境に惹かれてくる人は多い。そのお寺の環境が多分こんな時代だからこそ、ちょっと拠り所としてみんな利用してるんじゃないかなと思っているんだけどね。神社はどう?

オキタ:地方の神社は、ほとんど祭りをやめています。僕はむしろ逆にこんな時だからこそやった方が良いと思うんですけど。

互井:神社が祭りやめちゃうとね。

オキタ:特に地方の神社なんて、地方の小さな神社こそやるべきだと思うんですけどね。でもやったとしても、地方の小さな神社ほど、お年寄りが多いので、人がより集まるところに行きたがらないというところがあって。だからすごく寂しかったです今年は。どこの神社も。

互井:お寺では、奈良時代に聖武天皇が東大寺に大仏をつくった時には、疫病退散のためにつくったわけだから。その東大寺が、コロナになった時に全国のお寺に呼びかけしたのよ。「一緒にお経をあげて疫病退散を祈ろう」って。
うちもそれに参加していた。12時にお経をあげていたのよ。朝のお務めとお昼の12時と夕方とお務めするじゃない。するとさ、インターバルの時間って、朝の6時から1時間ぐらいお務めやると、7時じゃない。
朝ご飯食べてさ、朝のNHKの連ドラ観てさ、そうすると仕事しているうちに、あっもう12時じゃん。お務めしなきゃって。
終わってお昼ご飯食べてまたちょこちょこっと仕事しているとまた夕方になって、あっ夕方お務めだ、と。
終わって夕飯食べて、ちょっとお酒なんか飲んで、あっ今日も1日静かに過ごせましたってそういうのを1年間ずっとしていた。だからずっと静かな仕事をしていましたよ。

オキタ:お坊さんですね。

互井:あ、俺お坊さんなんだって・・・(笑)普通のお寺ってこうなんだぁみたいなさ。
今まで普通のお寺じゃなかったから、だから普通のお寺ってこんな静かな生活をしてるんだみんな、いいなって思ってる。

疫病で読み解く仏教/神道

互井:結局仏教の歴史とパンデミックが重なっているんだよね。
仏教伝来が583年なんだけど、仏教が伝来してきた時に外国から入ってきたのは、仏像とか経典とかプラス疫病なんだよね。
その疫病を入れたから物部(もののべ)さんがあんなに仏教導入に反対したんだろうなっていう。物部さんと蘇我さんの戦いって結局、蘇我さん側に聖徳太子が付いて仏教を導入することになるんだけど、なんかこうやってパンデミックになってみると、水際作戦をしなきゃダメだって物部さんが言ってたんじゃないかなと。
物部さんが日本の神道的なしきたりで日本の政治をやっていかないといけない事に対して、蘇我さんがもうインターナショナルにならないとダメなんだという仏教導入しようみたいな考え方をずっと僕たちお坊さんは捉えてたんだけど、いやこれ疫病だよ。
疫病が歴史を変える大事だった。渡来人が1か所に固められたのも、病気を持っている可能性があるから。そういう風に思うと、腑に落ちる。
日本の歴史を疫病を通して見直した方がいいかなと思う。

オキタ:日本は1000年前からコロナ対策が終わってるんですよね。
まず、神社に手水舎、いわゆる手を清める場所がある。
どうやら10代崇神天皇時代に4分の1から3分の1人が疫病で亡くなったそうなんですけど、「なぜわが民が多く死ぬのじゃ。調査せよ」となったところ、”手洗い”と”うがい”がいいという事が分かって、「”手洗い”と”うがい”が出来る場所を人が集まる場所に設置せよ」と言って、人が集まる場所が神社だったみたいな。
日本の習慣を紐解いていくと実は疫病退散のためになっていたというそういう事がたくさんあるんじゃないかなと思っているんです。

防疫を広めるための「神話化」

互井:コロナで流行ったアマビエなんかもさ、いわゆる情報通達ツールがない江戸時代に、疫病が流行り始めたと的確に迅速に人に伝えないといけないとなった時に、「疫病が始まりました」っていうより「海に妖怪が出て、今年から疫病が流行ると言ってた!」のほうが迅速に伝わるよね。

オキタ:広まりやすいですよね。

互井:インターネットの世界と一緒で、真面目なことを伝えても人にはなかなか広がっていかないんだけど、YouTuberみたいな方々が、独特な表現でなにかやった時にあっという間にみんなに広がっていっちゃうじゃん。
それがアマビエだったと思うんだよね、あれって情報伝達手段だったんだと思うよ。
一方で神話では、イザナミが黄泉の国に行っちゃって汚れちゃったから目を洗うとアマテラスとツキヨミが産まれて、鼻を洗うとスサノオが産まれてくる。汚れが神様になっている。疫病は僕らと同じ生活圏じゃなくて、神様として特別な場所に置いておく。
疫病を神様として距離を置くことで、感染対策をしてきたのが日本文化だとすると、コロナもコロナ神社みたいなのをつくってそこに封じ込めるみたいな考え方がこれからできるんじゃないかなと思うんだよね。
コロナを日常生活に持ってきちゃダメ。凄い感染力を持っているから、特別なところにまつりたてて、みんなが近づかないようにして。

オキタ:逆に恐れたてまつるわけですよね、神として。面白そうですね、それ。

この記事を書いた人

オキタ・リュウイチ

DEEP Branding japan 編集長

オキタ・リュウイチ

DEEP Branding japan 編集長

オキタ・リュウイチ

早稲田大学人間科学科中退。行動経済学に類した独自の経済心理学を研究し、日本で初めてマーケティングに応用。過 去 にプロデュースしたプロ ジェクトの 数 々は、大 前 研 一氏の「ビジネスブレイクスルー」、「ワールドビジネスサテライト」はじめ、「めざまし T V」「金スマ」など、各種メディアで特集されている。主著『5 秒で語ると夢は叶う』サンマーク出版、『生きテク』PHP 研究所 など。