• 公開:2022/11/27
  • 更新:2023/12/21

「敵をも味方に変えてしまう」日本的思考

祇園祭はこうして始まった

 京都に「八坂神社」という有名な神社があります。日本三大祭の1つ「祇園祭」で知られています。

 八坂神社は奈良時代から平安時代にかけての神仏習合により、神道系の「スサノオノミコト」が、仏教系の「牛頭天王(ごずてんのう)」と習合されました。牛頭天王はインドから渡ってきた神で、無慈悲で暴力的なご祭神として恐れられていました。

 当時、京都で疫病が蔓延し、それをはやらせたのは世に潜む疫病神の仕業と考えられていました。疫病神の大ボスは言わずと知れた牛頭天王です。困った人民は一計を案じました。「牛頭天王の機嫌を取れば、配下の疫病神ににらみを利かせ、おとなしくさせてくれるのではないか」と。それで、お祭りをして、牛頭天王の歓心を買おうとしたのです。

 これが祇園祭の成り立ちと言われています。祇園祭は毎年7月に行われます。期間も1カ月間と非常に長い。長期間にわたって「飲めや歌えや」の大騒ぎで、牛頭天王をあがめたのです。

 そうしたら不思議なことに疫病がピタッと収まりました。人々の免疫力も上がり、その後長らく、疫病は鎮静化しました。「病は気から」という言葉がありますが、人々が祭に熱狂したことによってストレスが発散され、鬱屈とした気持ちが晴れたのかもしれません。祭と疫病収束の因果関係ははっきりしませんが、結果オーライで祭の開催が功を奏したのです。

 人々は牛頭天王に疫病神の「排除」をお願いしたのではありません。「疫病神は世に存在してもいいから、悪さだけはしないようにしてください」と念じたにすぎません。敵や厄介なこと、好ましくないこと、忌み嫌うことが起きても追っ払わず、取り込んで共生を図る。これがまさに日本人的思考の表れです。日本人は「宇宙万物に無駄なものはない」と考えます。「一見マイナスなことも役に立つこともあるのでなないか」と。祇園祭にまつわる逸話がこの思考構造を物語っています。悪魔が来たら「悪魔払い」をして取り除く西洋的考えとは180度違います。

イザナギが妻に発したひと言

 スサノオノミコトの両親に当たるイザナギノミコトとイザナミノミコトは夫婦神として知られています。日本最古の離婚経験者でもあり、離婚の際は夫婦でののしり合ったと言います。妻のイザナミは夫のイザナギに向かって腹いせに「お前の国の人間を毎日1000人ずつ絞め殺してやる」と捨て台詞を吐きました。すると、イザナギは「ならば1500の産屋を建てましょう」と応じたそうです。

 このエピソードを海外の人に聞かせると、そろって「意味が分からない」と首をかしげます。「なぜイザナミを殺して大量虐殺を止めないのか」「どうして1000人の虐殺を放置して、新たに1500人を産もうと考えるのか」と。

 敵の存在を前提に対応策を練る。外国人には理解できないこのイザナギの発想こそが日本的思考の真髄なのです。

「グラミン銀行」の理念も日本が先取り

 バングラデッシュに1983年、「グラミン銀行」と呼ばれる金融機関が誕生しました。創設者は同国の経済学者ムハマド・ユヌスです。農村の貧困層向けに無担保・低利で融資する仕組みを整えました。

 同銀行は創設期、1つの問題を抱えました。貧しい人にお金を貸すと、仕事もせずに無駄遣いをする現象が起きたのです。そこでユヌスは融資先を5人グループにして連帯保証人とし、お互いに融資金を有意義に使っているのかどうかを監視させたのです。その結果、浪費は減り、次のお金を生む生産的な使い道を選ぶ好循環が生まれました。ユヌスは業績が評価され、2006年ノーベル平和賞を受賞しました。

 この話を聞いて、思い浮かぶことはありませんか? そうです、日本の江戸時代に整備された「五人組」です。グループ内で悪だくみをしている者がいないかどうかを相互監視するシステムです。監視と言うと、負のイメージを持つ人が多いと思いますが、五人組はお互いにお互いの家を回り、元気でいるかどうかを確かめる生存確認の役目も持っていたのです。現代で言う地域の「見回り隊」です。一人暮らしのお年寄りらの家を訪ね歩き、無事か否かを確かめる社会福祉の機能です。

 この機能は秋田の伝統行事「なまはげ」からも見て取れます。寒村では冬、豪雪に見舞われ、家から一歩も出ない閉塞的な状況を強いられます。近所との交流も減り、朝から晩まで家族だけで顔を突き合わせる息の詰まる生活を余儀なくされます。家族の気持ちも鬱屈し、暴発して凶悪事件を引き起こす事態に発展することも珍しくありませんでした。

 人々は、その対策としてなまはげを生み出しました。なまはげは「泣く子いねがー」と怒鳴りながら、家に押し入ります。「見回り隊」なら門前で入居拒否できますが、なまはげは問答無用です。玄関を思いっ切りう開け、ズカズカと上がり込んできます。実はなまはげは室内をウロウロしている間に「家族は全員そろっているか」「心身が病んでいる者はいないか」と、家庭環境をチェックしていたのです。

 五人組にせよ、なまはげにせよ、グラミン銀行で脚光を浴びた相互確認システムは何のことはない、日本に古くから根付いていたのです。

日本的思考が現代に残る奇跡

 日本は天皇家が2000年以上続く世界最古の国です。これまで幾度もさまざまな問題に直面し、その都度、解決法を編み出してきたのです。しかも、1つの王朝が長く継続されていますから、その解決法が口述や文書を通じて、途絶えずに現代に引き継がれています。

 それが西洋との大きな違いです。西洋諸国は、台頭した新たな王朝がそれまでの王朝を倒して建国する歴史を繰り返し、王朝自体は比較的短命に終わっています。新王朝は前王朝の全否定から始まるので、それまでに積み重ねられた問題解決法が全て水泡に帰し、また白紙からの再スタートを余儀なくされます。

 日本古代からの独自の思考、価値観は世界に冠たるものです。その上、それが現代に生き残っている僥倖を得ました。そのありがたみを知り、次世代に引き継ぐとともに、世界に発信することは現代人としての私たちの役目だと思うのです。 

この記事を書いた人

オキタ・リュウイチ

Deep Branding Japan 編集長

オキタ・リュウイチ

Deep Branding Japan 編集長

オキタ・リュウイチ

早稲田大学人間科学科中退。元真言宗・僧侶。日本の伝統文化・伝統宗教への深い知見を基に、行動経済学に類した独自の経済心理学を研究しマーケティング・ブランディングに応用。その手法を社会課題解決分野に用いて、若者の善行を促す手帳として大流行した「ヘブンズパスポート(15万部のヒット)」や、自殺を踏みとどまらせるWEBメディア「生きテク」などを開発。これらの活動が注目・評価され、2008年に日本青年会議所が主催する青年版国民栄誉賞“人間力大賞”で厚生労働大臣奨励賞を受賞。近年では、廃業寸前の老舗米問屋の売上をその伝統と歴史に注目して6年間で70倍に業績回復させるなど、事業再生・ブランド再生分野においても活躍。プロデュース実績は各種メディアで特集され、著書『生きテク』(PHP 研究所)などに紹介されている。