• 公開:2022/07/07
  • 更新:2023/11/25

【後編】「能楽は最先端?」
観阿弥はブランディングの
名手だった【一流能楽師に聞く】

能楽師で重要無形文化財総合指定保持者の梅若長左衛門さんと梅若紀彰さんに、能舞台をお借りして、DeepBranding編集長のオキタさんと対談して頂きました。

敷居が高くてなかなか聞けない「能の魅力と世界観」を引き出していきます。700年の歴史を持つ、能の奥深さ探っていきましょう。

後編の今回は、能を生み出した観阿弥・世阿弥のブランディングが、いかに優れていたかを紐解きます。そして今、能は海外にどう受け入れられているのか。さらに、実は最先端と言われる理由が明らかになります。

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オキタさん

能を舞うときに、「もう一人の自分を作って、自分を観察する」という考え方がありますよね。

紀彰さん

世阿弥が風姿花伝で書いた「離見の見」ですね。離れて自分を見る。

一回だけ自分が演じていて自分の後姿が見えたことがあるんです。まさに幽体離脱ですよね。それは20代の時で、「これか!」と思ってとても喜んだんですが、本当にあるのかもな、とは思いました。

オキタさん

演劇の延長線上とは、実は全然違うのかもしれませんね。

紀彰さん

演劇の「役づくり」のようなことはしませんからね。

役を演じようということではなく、どの演目でも基本的な技術をしっかりやる。でも、その役を演じている。その感覚はずっとあるんです。

長左衛門さん

元々演劇という言葉は日本語ではないです。能は古くから「体を使って表現すること」とされてきました。能は能以外のなにものでもないんです。

でも、西洋の人からすると演劇に近いものもある。世界最古の演劇という側面もあるとは思います。

オキタさん

世阿弥はブランディングをすごく意識した人だったんじゃないかと思うんです。

長左衛門さん

ブランディングが得意だったのは世阿弥よりも観阿弥だと思います。観阿弥より前は、能はもっと素朴なものでしたが、観阿弥は政治的な動きができる人で、春日大社に奉仕するような立場になっていきました。巷で流行っているものを取り入れながら、一貫したストーリーを作っていったのは観阿弥なんです。世間の人に分かりやすいものに作り上げていった。

その後息子の世阿弥が題材にしたのは花鳥風月。貴族などの位の高い人向けに作っていったんです。これもブランディング戦略ですよね。

紀彰さん

あの時代は、たくさんある座の中で、生き残っていかなければならなかった。何よりも、世阿弥は八島や井筒など、能の曲を新たに作りました。それが今の私たちまで残っているのは物凄いことです。

オキタさん

観阿弥・世阿弥は総合的に能をプロデュースしていったんですね。

紀彰さん

世阿弥の場合は足利義満に寵愛されて、教養を身に着けて、教養のある人たちが見るに値する曲を作り上げました。作って、演じて、他の座と戦う、全てのことをやらないと生き残っていけなかったんです。佐渡に流されたりもして、大変だったんだと思います。

長左衛門さん

能というものは以前にもあったんですが、一般大衆化させたのが観阿弥、中央政権にまで持ち上げたのが世阿弥ですね。まさしくプロデューサー。ブランディングの名手と言えますね。

オキタさん

風姿花伝の「秘すれば花」という言葉からも、人間の心理についても造詣が深かったんでしょうね。

紀彰さん

言葉にできるのが凄いですよね。キャッチーですよね。カッコいいだけでなく、なるほど、と思わされますよね。

オキタさん

風姿花伝は直系の人にしか読めなかったんですよね?

長左衛門さん

どちらかというと直系の人にも忘れ去られていて、最近調査して初めて分かったんです。

その後も世阿弥の本はたくさん出てきていますが、最初のころと最後では言っていることが逆なんです。最初はお父さんの考え方で「一般の人が分からないといけない」と書きながらも、最後の著書には「最高の能は、最高の目利きにも分からないくらい凄いものだ」と。

世阿弥の一生の間で、能に対する考え方が変わっていっているというのも面白いです。

オキタさん

ここまで奥深い能の世界ですが、外国人にはどう見られているんでしょうか?

長左衛門さん

フランス人は特に喜びますね。ドイツ人は禅と結び付けます。イギリス人はシェイクスピアとの関係性を考えます。各国で注目する部分が変わってきます。

オキタさん

好きな演目とかも違ってくるんですかね?

長左衛門さん

違いますね。フランス人のプロデューサーと話したときに、「普段やっているような羽衣とかハッピーになる曲じゃなくて、もっと心情的に歌いかけてくるような曲をやってほしい」と言われました。

フランス人は悲劇がすごく好きで、「ハッピーエンドになるなんて普通はありえないから」と。ある悲劇の曲をフランス人のお客さんに演じた時に、終演後誰も拍手せずにじっとその場で佇んでいる。涙を流す人もいました。独特ですよね。

アメリカ人ならすぐ立ち上がって「ブラボー!」となりますよね。派手に動く曲の方が好きです。

紀彰さん

オペラ座のバレエの作品の中で「能楽師を出してほしい」と言われ、フランスで2か月ほど滞在しました。能楽として演じたわけではないのですが、いろんな国を周ると特にフランスが一番反響がありますね。最初、分かんないんじゃないか、と思ったんですが、思い込みはいけませんね。

駐日フランス大使の方に能装束をつけて出演してもらったこともあったんです。物凄く上手くて、とても興味を持ってくださいました。フランスと能楽は相性がいいと感じました。

長左衛門さん

フランスのシラク元大統領が来日したときに、夫婦でお忍びで能が観たいと言われたので、伊豆の能舞台のある旅館を貸し切りにして上演したこともあります。

オキタさん

能の音楽は、西洋からだと、どう感じるんでしょうね。リズムの取り方が西洋音楽とは違うと聞いたことがありますが。

長左衛門さん

西洋は合理主義ですから、同じテンポでリズムを取っていきます。でも能の場合には波がある。基本は八拍子ですが、長さが一定ではないんです。1,3,5が大きくて6,7は短く、8でまた1に戻すんです。

西洋音楽の人が、リズムを刻めないので「能って適当なのね」と言うんですが、そうではなくて、うねりをつくっているんです。

また能の音階は相対音階で、近代西洋音楽の絶対音階とは違います。相対音階の方が人間にとっては生理的に気持ちが良いんです。これは実験でもデータが出ています。絶対音階はピアノが生まれてからのもので、機械がつくるものなんです。

オキタさん

不思議ですね。科学が進んできたからこそ、最初は理解されなかったけれど、今ようやく理解されてきて、最先端であることがわかってきた。

長左衛門さん

西洋のバレエは古いと言われますが、日本でいうと江戸時代のころですから、能からすれば新しいものだと思っています。

AIの世界の人と話すと、「能には法則性はあるけれどわざと少しズラしている。AIでは最も難しい技術だ」と言うんです。これができれば完璧なAIになるから、能を研究しているんだと。そういう意味では最先端ですよね。それを700年前からやってるんですから。

紀彰さん

僕の能楽のキャッチコピーは「古くから新しい、古くからあったらしい」なんです(笑)

リアリズムの演技手法は、「刀を竹で作っていたけど軽いのがバレるから鉄で作ろう」とか、「戦いで火花が出るようにしよう」とか、「斬ったら血が出るように細工しよう」とか、突き詰めると行き詰ってしまうと思うんです。

でも能の場合は、”要らないものは全部省こう”と考えます。だから行き詰まらないのが強みです。

良さが分かるためには観てもらうしかない。でも観ればきっと分かってもらえると思うんです。こちらもそれに足るものを用意しないといけませんが。

他とは違う面白さがあると思うんです。西洋音楽のように指揮者がいなくて、揃えようとしていないのに、能の囃子や太鼓は、それぞれが主張し合った上でせめぎあいの中で調和させようとします。

長左衛門さん

ひとりひとりが主張した上で合わせないといけない。微妙なズレをお互いがせめぎ合って合わせるんです。

紀彰さん

同じメンバーであっても日によって変わっていいんです。その日の体調とか、全てによって変わっていく。全てひっくるめて、「ここしかない!」という音を出す。そこが難しいし、面白い。

オキタさん

古事記の世界観に通じるところがあると思います。古事記には優秀な人が出てこない。完璧で万能な神様は出てこない。代わりに問題を起こす神様や、たったひとつのことだけ優れた神様が出てくる。

古事記でも能でも、完全に正しいものがあるのではなくて、それぞれが集まって全体で調和させる。日本は満点を取らなきゃいけないという教育になってしまっていますが、実は、それぞれでいいと思うんです。

長左衛門さん

日本の神様って人間らしいですよね。

オキタさん

日本の神話や文化と繋がっている能の魅力を、今回の対談ではたくさんお聞きできたと思います。

ありがとうございました。

この記事を書いた人

オキタ・リュウイチ

DEEP Branding japan 編集長

オキタ・リュウイチ

DEEP Branding japan 編集長

オキタ・リュウイチ

早稲田大学人間科学科中退。行動経済学に類した独自の経済心理学を研究し、日本で初めてマーケティングに応用。過 去 にプロデュースしたプロ ジェクトの 数 々は、大 前 研 一氏の「ビジネスブレイクスルー」、「ワールドビジネスサテライト」はじめ、「めざまし T V」「金スマ」など、各種メディアで特集されている。主著『5 秒で語ると夢は叶う』サンマーク出版、『生きテク』PHP 研究所 など。